トラブルシューティング

<トラブルシューティング:時間の管理>

ではここで、諸問題への対応策を共に考えましょう。問題は付き物です。人間である以上避けられません。ところが、文化や言語というややこしい壁も立ちはだかっています。では以下に、トラブルシューティングを必要とする、よくある問題について考慮しましょう。

15年ほど前、カトマンズから夜中の便で関空に飛ぶ際、回送機の到着が6時間も遅れたことがありました。寒い冬、空港には椅子もなく、冷たい大理石の床の上に寝かされました。朝方ようやく乗務員が点呼に来て、「来たわよ、さあ乗ってえ」と、「すいません」もなく飛行機に乗せられ驚きました。ところが関空に着いて南海電鉄に乗り換えると、人身事故らしく「2分の後れを取っております。大変申し訳ありません」と、各駅で謝罪のアナウンスが流れ、もっと驚かされたのを思い出します。「もう日本に戻れない」。そう思いました。

そこまでひどくないでしょうが、今も日ネ間の時間への感覚差は歴然です。そこで「時は金なり!」と弁を垂れても、相手を間違っているとしか言いようがありません。幸い、その巨大なギャップを乗り越えるネパリもかなりおり、それがどれほど大変で涙ぐましい努力なのか、容易に想像できます。ゆえに、5分10分、あまりカリカリしないようにしたいものです。

どうしても改善が求められるネパリもいることでしょう。その場合には、「人を待たせるとどれだけがっかりさせるだろうね」と、例の「人」に頼って、彼らが大切にしている人の気持ちに訴えながら切り崩していくことが、一つの打開策となります。幾らか変化は期待できるでしょう。当面の代替案としては、2時半に来なさいと伝えたければ、2時に来なさいと、30分早めに時間設定します。徐々に慣れてくれば2時15分と、ギャップを縮めていけるでしょう。最初から2時半に来れる人がいれば、その人はネパリではありません。

時間にどうしてもルーズな人には、2つの根本的な弱点が隠れていると言われています。1.予定や準備などへの自己管理がずさんだ。2.自分中心的で他者への思いやりに欠ける。されど、「君の問題はこれなんだよ」と唐突に伝えても、彼らは突き刺されたとしか感じません。それで、ここはやんわりと時間をかけて教えるしかありません。ようやく日本並みの時間厳守になれた頃には、本国への帰国となっていることでしょう。

<トラブルシューティング:約束の定義>

約束が守れないとこぼす上司も多いようです。実は約束に関して、ネパリ独特の定義と優先順位が存在します。その根底には、人は忘れる生き物だ、という強いコンセプトが流れています。ゆえに早くから約束を取り付けても、約束した側もされた側も忘れて当然!と、きっぱりした意識を持っています。ゆえに本気に大事だと思う約束なら、早くから一度交わし、日が近づくにつれて再度交わし、前日か直前に再び交わす、という具合に、忘れることを前提に確認作業を繰り返します。もし確認作業を怠れば、その約束は「それほどのものだ、もう忘れたか、他の用事が入ったのだ」と認識します。悪びれることも怒ることもありません。決して無理強いしないのです。

ゆえに日本のように、何か月も前から約束が交わされ、それも一度だけの連絡でそれが確約されるというのは、彼らにとっては奇跡以外の何物でもなく、その融通のなさにむしろ違和感や圧力すら感じます。非人間的だとすら考えます。当然、一夜にして変化することはできません。このテーマについても根気強く教えるべきでしょう。あわよくば、全員が見れるホワイトボードなどを用意し、誰がいついつ何時にアポがあると記させるなら、問題が多少なりとも軽減するかもしれません。もちろん、記入を忘れなければの話ですが。

<トラブルシューティング:サンキューとソーリー>

日本人にとって驚愕すべき別の事柄があります。それは、ネパリが「ありがとう」「ごめんなさい」をほとんど口にしないことです。それだけを聞けば、義憤に燃える日本人上司も多いでしょうが、その背景を洞察するなら怒りも収まります。ネパリの中には、「ありがとう」といえば、自分が乞食のような気分になり、「ごめんなさい」といえば地獄に落ちると本気で思っている人がいます。でも勘違いしないでください。感謝の念に溢れ、いつまでも施された親切を忘れない人もたくさんおり、「本当に申し訳ないことをした」と、いつまでも後悔の念を抱く人もいるのです。

昨今は、インド経由の英国的エチケットとして、「サンキュー」「ソーリー」と、若者たちの間で使われ始めていますが、どれも表面的でその場限りのものです。エチケットやマナーは紛れもなく大切なものですが、「『ごめんなさい』の一言も言えないのか」などと責め立てれば、むしろ誤解と溝を広げるものとなります。外交や営業上のエチケットは、社益のためにもしっかり叩き込まなければなりませんが、社内では、幾らか欧米的な大らかさや気風を保っておく方が、双方の益となるでしょう。

<トラブルシューティング:クレーム処理>

ネパリは顧客のクレームにもびびりません。第一、「びびる」という言葉が嫌いですし、そんなに嫌なら他社の商品にでもすれば?ぐらいにしか考えません。「お客様は神様だ」というコンセプトもなければ、客のためにびくびくするくらいなら「貧乏のままでもいい」ぐらいのプライドがあります。ある意味、日本人も学べる資質が多々あるのですが、こと日本の経営陣には、これは打撃的な考え方です。こうした対人関係での、徹底してストレスを抱えない思考パターンが、彼らの強みでもあり問題ともなるのです。

「それじゃ会社が潰れるんだよ。みんなが困るじゃないか」といいたいところですが、「会社」とか「みんな」という“集団”に、誰も個人的なアタッチメントを感じていません。ゆえに効果はかなり薄いといえます。むしろ「僕は悲しいよ」「私は好きじゃないわ」と、私情を共感させることによって、ぐっと軌道修正をすることができるでしょう。いずれにしても個々の社員を見極め、いかに客のクレームと会社の信用が直結するかを巧みに教え込むことには、管理側の手腕が求められるところです。

<トラブルシューティング:自虐ネタ>

ネパリは自虐ネタを好みます。多民族同士で牽制し合った名残なのか、相手の出方を見る本能的スキルなのかは不確かですが、彼らに悪気はなくとも、管理側には一つの地雷が存在します。それは、彼らの自虐ネタに引き出されて仲間に入ってしまうことです。例えば彼らが、「ネパールは汚い」「ネパリは衛生基準が低い」などと、自分たちを笑いの種にしたとしましょう。そこであなたも出て行って、「そうだそうだ」「本当に君たちはそうだねえ」とでも言おうものなら、あっという間に場はしらけ、お開きとなってしまいます。つまり、あなたは地雷を踏んで自爆したのです。そのパラドックスに、「私はあなたたちの家族ではないのか?」と、心が折れそうになるでしょう。実は彼らは、あなたに対する心からの敬愛を表していたのです。もうあなたは、彼らの親か族長になっています。その人の口から、「君たちは本当に汚いねえ」と聞かされれば、彼らも深く悲しむのではないでしょうか。第一彼らの中で、自分が汚いと本気で思っている人は1人もいないのです。これはほんの一例に過ぎませんが、彼らの自虐ネタには、対等か下の立場の人以外、決して付き合うべきではないことを肝に銘じましょう。ましていわんや、自らネパリを扱き下ろすような発言は封印すべきです。

では、どのようにその場をクリアできるでしょうか。そこは、反意をもって切り抜けることです。「いや、そうはいうけど、僕はこう思うよ」「ネパリの手洗いはまめだよね」などと、彼らについて前向きな発言をします。事実、自虐ネタは、彼らの卑屈さから出ていることも多く、上司がそれを優しく正し、励ます好機ともなるのです。この地雷に多くの日本人がやられてきました。同じ過ちを繰り返さないよう、彼らが自虐ネタを口にしたなら、それはあなたからの愛情表現を待っているサインだとみなしましょう。さもなくば、あなたが彼らと大笑いした瞬間、ドカンという音と共に、これまで築いた信頼関係も紙吹雪と化すでしょう。

<トラブルシューティング:相手が逆ギレした場合>

時々、相手が逆ギレする場合があります。では、どうすべきでしょう。それは多くの場合、長年の間に培われた彼ら自身の保護モードにスイッチが入っただけのことです。熱しやすく冷めやすい性格です。「なんだ、その態度は!」などと怒らないで、「悪い悪い、ちょっと言い過ぎたね。でも君のことを思って言っただけだよ」ぐらいに留め、少し頭を冷やさせれば、翌日にはけろっとして出社します。むしろこちらの心が折れないよう、注意しなければなりません。同性同士であれば、肩でも組んで談笑しましょう。ただし、肩には神が宿ると信じる人も多く、肩をポンポン叩くと非常に不快に思う人もいます。こちらにはただの親愛の情の表れでも、彼らには心象を汚すものもあるのです。

普段は穏やかなネパリも、一旦スイッチが入ると、もう誰も止められないほど怒り狂うことがあります。ネパリ同士なら手も出るでしょう。ゆえに彼らをそこまで追いこまないよう、叱る際にも彼らの尊厳を重んじつつ、優しく扱う必要があります。「こんなことも分からないのか」「何度言わせたら気が済むんだ」「金をもらっているんだ、当然だ」「何のためにネパールから出てきたんだ」「日本の仕事とはこういうもんだ」などの表現は、彼らには暴言にしか聞こえず、彼らのプライドを傷付け、やる気をなくさせてしまうものとなります。

<トラブルシューティング:新世代>

残念ながら近年の個人主義、道徳の崩壊、指導者たちの不埒な模範、暗記型の教育、競争社会の流入などにより、上流・中流階級の家庭を中心に、自尊心に乏しく、心が育たないまま大人になっていく若者たちも増えています。自分の部屋、パソコン、携帯、バイク…何でも宛がわれ、ファッションや趣味にばかり時間とお金を費やし、もらって当然の、お金の価値も知らない新世代です。高額の授業料を払ってもらって英語漬けになったものの、ネイティブ並みの英語力が身に着くわけもなく、頭と自負心だけが大きくなった若者たちもいます。彼らに勤勉に働く価値や喜びを教えることは非常に困難であり、安易に稼ぐことしか頭にありません。当然、犯罪の温床ともなってきました。

<トラブルシューティング:不適切な振舞い>

距離感がない、人懐っこい…こんな言葉ばかりで形容されがちなネパリですが、職務時間外での個人的な会話や、相談事に乗ってあげるなどは、慎むに限ります。便宜上、日本人と結婚を望んでいるネパリさえいます。不適切な関係に陥らないよう、細心の注意を払い続ける必要があります。

ネパールでは男性同士が、深い意味はなくとも手を繋いで友情を表現することもあります。ですが異性間の接触は厳禁です。セクハラという概念は、まだ現地ではあまり発達していませんが、下手に振舞えば、翌日にはすべてのネパリスタッフから白い目で見られることになるでしょう。親し気で妖麗な笑顔にうつつを抜かして馬鹿を見ないよう、しっかり気を引き締めるべきです。あなたのキャリアが一瞬にしてふっ飛ぶことになるからです。

ふさわしい状況で食事を共にする場合でも、ネパリが宗教上の理由で肉や酒に手を出せないかもしれません。無理強いしたり、見せびらかしたり、自身がべろべろに酔ったりすることは、絶対に避けなければなりません。ネパールに無礼講という言葉はありません。せっかく勝ち取ったはずの敬意も、一瞬に失うことになるでしょう。

<トラブルシューティング:金銭問題への対処法>

最後に金銭問題への秘伝をお伝えします。距離感がない分、中にはすぐに借金の援助を申し込んでくる人もいます。返す気満々ですし、何ら悪気はないのですが、それを恥だとも考えません。もちろん、そうした太々しい人は少数で、本当に困窮している人は、どうしてもやむを得ない場合にのみ、もじもじしながら援助を求めにきます。どちらにしても、鼻っから冷たくあしらうなら、血も涙もない人とみなされ、せっかく築き上げた関係もあっさり崩れる場合があります。なぜならネパールでは、かなりの大金でもすぐに融通して宛がう習慣があるからです。もちろん昨今では、多くの詐欺事件も生じるようになり、人々はより慎重深くなっています。

まずは自分の財布を取り出し、「今日はこれだけしかないけど…」などと、返してもらえなくても痛くない金額を差し出し、「うちも要り様だからいつか返してね」と渡せば、誠実な社員なら、後刻必ず返しにやってきます。こうなれば、次回はもっと心置きなく力になってあげたいと思うことでしょう。動機が不純な人なら、この方法で二度と借りに来ることはありません。もちろん、本当に困窮している可愛い部下を見殺しにはできません。懐事情に応じて、いつでも援助する覚悟は決しておかなければなりません。あと、大金は持ち歩かないこと。そのうち、彼らの家計簿の付け方まで、教える羽目になるでしょう。

<トラブルシューティング:付け>

ここまで幾度も「人」に着くネパリについて説明してきました。ところが人として、社員として、その円熟度を増すにつれ、「人」にだけではなく、「規範」「原則」「責任感」にも着く、すなわち忠節心も育まれなければなりません。このより高尚な目標を掲げず、いつも目先の私利私欲だけでネパリチームを動かしているなら、上司が入れ替わるなら、大きな「付け」を払い、しっぺ返しを食らうことになるでしょう。肝心要を失ったチームには今、結束力を失い、升を取り除いた砂のように、一気に四散する可能性すら出ています。残念ながら、上司も何らかの理由で常に入れ替わるものです。その時に備えて、チームの円熟性を高める努力も怠ってはなりません。いつまでも「人」の磁石に頼ってまとめているだけでは、本当の意味で、強く有用なチームとは言えないのです。ぜひともネパリチームに、ゆっくり確実に、次の次元の結束力を教えていく必要があるのです。

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