ネパリへの教え方

<教え方:模範>

では、彼らにどうやって教えるべきですか。模範によってです。これは、教育における最も重要かつ不可欠なものです。どんなにマニュアルやルールを充実させ、口を酸っぱくして諭し続けても、彼らは上司の立ち振る舞いをじっと見ており、それに倣います。上司がだらしなければだらしなくなり、上司が厳しければその基準に合わせます。書かれた通りに全くいかないお国柄ゆえに、彼らは形のないものに拠り所を見出そうとはしないのです。彼らは見ていないようで、あなたをしっかりと見ているのです。ゆえにネパリ社員を良くするも悪くするも、責任ある立場の人たちの肩にどかっと掛かっていることを忘れてはなりません。それで、ネパリ社員を「お前」呼ばわりしたり、感情に任せて罵ったりするなどもっての外です。こうしたネパリの性質ゆえに、彼らを育てるということは、実は優秀な管理者を育てることにも繋がるのです。

<教え方:理由付け>

「それは衛生的ではないよ」「きちんと片付けなさい」「それじゃ危ないよ」などと何度も何度も言う必要があるでしょう。ではそれだけで、彼らの脳裏に焼き付けることができるでしょうか。いいえ、できません。なぜなら、理由付けがなされていないからです。理由付けは、模範に次いで重要な要素です。日本人にとっては従って当然の指示であっても、彼らは頷くだけで、なかなか行動するまでには至りません。何よりちくちく指示だけを繰り返し、「従うのが日本のやり方だ」「当然だ」「さもないと首だ」「国に返すぞ」などと、低俗な権威主義をちらつかせるならば、脅しと取られることさえあり、仮に気の長い従業員がいたとしても、彼らの思考はいよいよ止まってしまい、ただの指示待ち人間になるのが落ちでしょう。マニュアルを忠実に実行しないと危険な作業や、大損害を被る工程では話は別ですが、基本的には彼らが考えるスペースを常に残してあげなければなりません。そうすることによって彼らを見下げたり馬鹿にしているのではなく、彼らの尊厳を重んじていることを示すことができます。やがて彼らも、少しずつ考える習慣が身に着き、顧客や同僚への気遣いや心配りも表せるようになるでしょう。

<教え方:質問>

「なぜ?」。この質問に上司自ら答えるのは簡単です。「これがなぜ衛生的じゃないかというと…」「きちんと片付けないと、どうなるかというと…」「それが危険な訳は…」と説明してしまうことは、上司には他愛もない事柄です。ところが、ネパリの新人社員にとっては決してそうではありません。何も分かっていないのです。そこで答えをさらりと聞かせたところで、彼らの脳裏には何の楔も打ち込むことはできません。ここでとても有効な方法があります。それが質問を活用することです。「衛生がなぜ大切だと思う?」「君の方法が、なぜ効果的ではないんだろうねえ?」「きちんと片付けると、どんな益があると思う?」「なぜそれが、危険なんだろうね?」という具合にです。こうした質問は、彼らに考えようとさせます。とりわけ「なぜ」「どのように」は、考えさせる強力な質問となります。自分で考えたこと、自分の口に出して表現した考えを、人は簡単には忘れないものです。やがて彼らの脳裏に、あなたが教えたい事が少しずつ刻まれ出したと確認できれば、今度は修辞的疑問文の形で考えさせることができるでしょう。「手間だ」「面倒だ」と感じやすい分野ですが、ぜひ実行してみてください。効果てき面であると直ぐに気付くことでしょう。

<教え方:例え>

教訓を脳裏に刻ませるもう一つの効果的な方法は、身近で簡素な例えを用いることです。いちいち絵や写真を見せることも効果的ですが、要は彼らの脳裏に映像が浮かぶように助けることです。こちらの目をじいっと見詰めている時は、彼らの脳裏にまだ映像が浮かんでいません。ですが、目が泳ぎ出すなら、映像が見えてきた証拠となります。「君は自転車に乗ったことがあるかい?どんな練習をしたか覚えてる?幾らかのスピードとペースがなかったらどうなった?」などと、彼らが体感で覚えている記憶を呼び起こさせ、「それは、仕事でも同じなんだよ」と、繋げていきます。

<教え方:他の種々の方策>

他にも、何度も見せて目に訴える、なぜこうなるのかと何度も結果を見せる、厳し過ぎない程度に何度も体験させる、など多くの方策が駆使できます。それでもネパリにとって大事なことは、理屈ではなく、人なのです。「人に着く」という基本形を忘れてはなりません。「ここまでやらないと、お金をもらえないんだよ」といえば、中国人には通じるでしょう。でも、ネパリにはあまり有効とはいえません。例え貧乏なネパリでも、決してそれを恥だとか苦痛だとかは考えていないのです。ゆえにここでも、「人」の基本に戻って、「ここまでやらないと、僕も社長もお客さんもハッピーじゃないんだよ。君はそれでも嬉しいの?僕は悲しいよ」というモードで語り掛ければ、要点はより伝わりやすいものとなるでしょう。

<教え方:情報処理能力とマニュアル>

高等教育を受けた人でなければ、大概のネパリは、頭の中での情報処理が苦手です。日本人は長年の間に、膨大な情報から要点だけを取捨選択し、その通りに行動できるように訓練されてきました。A4サイズ一枚のマニュアルを渡すだけで、直ぐにそこそこの仕事ができます。ところがネパリにはそれが全く通用しません。彼らにマニュアルをぽんと渡して「よろしくね」というのは、上司の怠慢以外の何物でもなく、社内に迷える子羊を増やすだけの愚策に過ぎません。ゆえに、「一回言えば分かるだろ」「こんなことも分からないのか」などの態度を慎みながら、辛抱強く教え諭していくことが求められます。さらに、一度に多くのことを伝えようとすると、茹で麺を目の粗いざるで濾すようなもので、彼らの耳には何も残らないものとなります。それで、少量の情報を幾度かに小分けし、会話などにも織り交ぜながら上手に反復させていくことが重要です。どうしてもマニュアルを作って配布したければ、各部署の必要な箇所に貼り出すなどして常に確認できるようにするのも一計かもしれません。

<教え方:喜怒哀楽を適度に>

一つの効果的な秘策があります。それは、上司が自分の喜怒哀楽を適度に表すことです。腹を隠さないというのがネパール文化です。彼らは、「沈黙は金なり」「不要なことは喋らない」などの日本文化を全く理解できません。日本人にとっては美徳でも、彼らにとっては不機嫌なのか具合が悪いのか、何を考えているのかさっぱり分からない不気味なものでしかないのです。ぷんぷんぷりぷりしていては話になりませんが、感情を冷静にコントロールしながら、できるだけ自分の喜怒哀楽、好き嫌い、良し悪しを適度に言葉に表現することは、彼らを安心させ、やんわりと教え、やがて上司にしっかりと着かせる、とても有効かつ強力なメソッドなのです。

<教え方:意思の疎通>

面倒でも、休憩時間に一緒にお茶を飲んで雑談したり、昼食を共にして屈託のない会話をすることにより、適切な関係を築くことができます。そうです。意思の疎通です。相談に乗ってほしいと言われれば、渋らず直ぐに、「いいよ」と言ってあげることも大切です。「信頼関係を築く」の項目とも重なりますが、毎日少しの時間でも必ず声をかけて気遣いを示すなら、ネパリたちに大きな力となるでしょう。

© 2019 UNOES